黒船と日本人
――施設園芸に未来はあるか?――
澤藤隆一
本稿は2001年(平成13年)に農業専門誌『アグリビジネス』に出稿したものなので当時の時代背景に基くものです

はじめに
三基計装株式会社は施設園芸用環境制御機器を製造販売して30年、もうひとつの事業であるクリーンルーム・機器とともに空気環境のコントロールに携わってきた。30年の間に世の中は大きく変遷し、特に世紀末にかけてそのスピードが急加速したように思える。本稿では過激なテーマを掲げているが、純粋に技術的な内容ではなく、随筆的にこのところ感じていることを述べてみたい。筆者の独善に憤慨される向きもあろうし、真摯に施設園芸に取り組んでいる方からはお叱りも受けよう。ただ筆者は厳しい岩手の自然の中で幼少の頃より田んぼに入り、中学生になると山で木を切り倒し馬橇で運んだ。弟妹の乳のためにやぎを飼い、鶏卵を得るためににわとりを飼った。手伝っただけだから、これを生業とする農家の辛さはそれ以上であろう。林業などはもはや壊滅的な現状である。今でも親戚には農家もあり、小学校からの友人はコメ農家やハウス農家、畜産農家で、JAで金貸しをやっている奴もいる。帰省した折に彼らと話すたび、これでいいのかと義憤のようなものが湧き上がる。彼らはとても私と同年には見えない。太陽のもとで長年作業してきた苦労が、その顔色や皺の中に集積されているのである。
激変する日本の農業構造
日本の農家は平成11年1月時点で前年比1.6%減少した。専業農家は2.0%減、稲作農家は2.6%減である(農水省統計)。この数値は大変なもの、たとえば金利や経済成長率と比べてみれば良い。このペースが続けば10年で総農家の15%が消えて無くなる。農家を取り巻く環境から勘案するに実際そうなりそうな情勢である。総人口に占める65歳以上の年代は16.2%であるが、農家はこれが28%であり就農者の高齢化が窺える。ただし5ha以上の耕地面積をもつ農家は4.1%増で大規模化が進み、農業生産法人は2.2%増と構造改革が進んでいる。施設野菜農家は全体の2.5%で、そのうちの3/4が施設野菜を主業としている。全般に所得面では設備投資を要するから当然とは言え、農家の中では所得の高い層に位置する。
海外比較で価格調整局面へ
日本人の平均寿命、個人消費はいまや世界一になった。海外旅行は完全な出超であり、豊かでなければこれほど日本人が海外に出かけるはずがない。米国の有名大学のMBAを有する米国人に年収を聞いて驚いた。高くない。それなのにボストン郊外の広い土地に200uの家を持ち、週末はトレーラーにクルーザーを積んでフィッシングに出かけると言う。すなわちモノの価値が違うのである。高価なものを買えば消費額は増える。海外旅行に行くのは海外のほうが安いからで、パック旅行ならば国内旅行より安い。バブル崩壊以降所得が伸びなくなったために人々はモノの価値と価格を見極めるようになった。この結果日本の物価も下がっている。特に卸売物価において顕著である。誰もが感じていることであるが、農産物価格は低迷している。とくにタマネギや白菜、キャベツ、ネギなど以前よりずいぶん安くなった。果物も然り、畜産製品も然り、聖域のコメがウルグアイラウンドで崩れ、自主流通米は市場経済のもと価格低下の一方である。モノの価値が海外との比較において調整局面にあると捉えられる。
変化した消費者の意識
スーパーの売上は平成12年11月まで24ヶ月連続の前年割れである。建設業では資材価格が大きく下がり、工賃も下がっている。製造業においても同様であり、製品価格は定価の半値割れが珍しくなくなった。したがって企業は製造原価、間接費用を抑えるため仕入価を下げ、余分な在庫を持たず、経費を節減して、それでもだめならスタッフ部門を中心にリストラを行う。その人たちの幾分かはより低賃金のサービス産業に流れていく。将来に不安を抱く消費者は衣食住の出費を抑えようとする一方で耐久消費財については価値の高いものを選んで購入意欲旺盛である。ユニクロや吉野家、マクドナルド、消費者金融、ソニー、トヨタ、HONDAが大変な利益をあげている。不景気だと言いながら安くて早くてうまい居酒屋には行列ができている。この消費性向では今後とも農産物の価格は低空飛行を続けるであろう。だがこれらの現象は既に10年前米国で起きていた。日本に押されて劣勢に立たされた彼らはリストラの痛みを乗り越え、産業構造の調整、生産方式のカイゼンを経て最近翳りが出つつあるとは言え、今の強大な米国を作り上げた。これをしっかりと肝に銘ずべきである。
失われた聖域
今や我々の食卓にのぼる魚も多くは輸入である。農業にもかつてのように聖域は無くなった。きのこや野菜、果物の輸入も激増している。セーフガード(緊急輸入制限)の発動が随所で検討されており、その要請には地方議会で与野党が一致する。しかしこれには相手国の対抗措置も予想され、政府部内でも議論が多くて容易には実現しそうもない。施設園芸のおかげで日本の消費者は年間を通して安定した価格で野菜を買うことができた。しかしながら日本に比べれば生産財が安くて低賃金の国からの農産物輸入が続くと、コスト面からの対抗は難しい。こちらもコストを下げざるを得ない。
黒船の来襲におののく我ら
鎖国が解けると安価なヨーロッパ製ハウスが続々と流入してきた。野菜ではすでに始まっているが、ハウスや資材面でも韓国が日本市場に注目し、やがて中国も押し寄せる。かつてフェンロー型ハウスがなかなか日本市場に普及し難い時期があったが、いまやそんなことは言っておれない。生産コストを下げなければ生き残れない。筑波や全国の試験場の研究者たちも注目し、今や研究発表もいかにしたらフェンロー型ハウスの温度分布を均一化させられるかとか、メロンをフェンローで栽培したらこうだったとかいうものである。もちろん先の八代の台風災害に見られるように、その土地の気候風土に合わせた考慮も必要になるであろう。東関東の雹災害ではガラスより強い素材を求める声が高くなった。POやフッ素が注目され、かまぼこ型ハウスを中心に長期展張型の材料が求められる。化成品メーカーにとっては長期ものが増えると張り替えサイクルが長くなるから売るほどに自分の首を締めるようなものである。増してや農家を巡る情勢から原油高による原料コストの上昇を製品価格に転嫁しがたく、まさに前門の虎、後門の狼状態で、身を削られる思いであろう。しかしながらお客様が求める以上、商売を続けるからには長期展張ものの開発に注力せざるを得ない。メーカーにも製造コストを下げる努力が当然に求められる。
市場価格低下で海外製品流入
海外製品が安くて良ければ買いたくなるのは当然の購買心理か?このあたりが商売では難しいところで、特に生産財では必ずしもそうではない。後々のサービスまで含めて判断するから零細企業がいくら安くて良いからと声を張り上げても買ってくれない。しつこく販促すると逃げていくのがお客様心理というものだ。ところがハウスに関してこのところ起きている一種の海外ブームはやむにやまれぬ消費者心理の成せるわざと思う。建設業界で資材価格、工賃の低下が起きていることと同じく、産品市場価格の低下で追い詰められたクライアントが自らの購入するものに対し低価格でしかし一流のモノを要求し出して、黙っていても市場価格が低下する現象が起きた。耐えられぬ企業は淘汰され、生き残るためにはリストラを含めて血の滲む努力が求められる。そこへ商品を持った黒船がいた。飛びつくところが出るとそこは集団心理の日本人のこと、ならば我もと追随する。
ハウスだけならまだしも、ヨーロッパからは制御機器からパソコンまでトータルセットで入ってくる。日本メーカーの頼みの綱はメンテナンスである。これだけはハッキリ申し上げて日本人は特異だ。島国で狭いためメンテナンスは呼べば来ると思っている。しかし欧米ではそうは行かない。代替品を送ってきて自分で替えろということになる。人を呼ぶにはお金と持久心が必要だ。だがメンテナンスは当座発生しない。当面安いほうがいい。さらにヨーロッパではコンサルティングサービス(有料)が存在する。これは大きな魅力になっている。
彼我の製品とユーザの違い
欧州製品と和製コントローラの違いを一言で言えばPLC(Programmable
Logic Controller、米国ではPCと言う)的商品と機能限定単品商品の違いである。小規模なハウスでは単棟を制御するもので十分なので、欧州にも後者の商品はある。しかし日本では小規模なハウスがほとんどなのでPLC的商品のニーズは無いに等しかったし、どうしても必要な場合は海外品を使った。機能限定単品商品は買って据え付ければ設定値を入れるだけで機能する。VTRを買うようなものだ。オランダの施設園芸農家はいわゆる日本人のイメージする農家ではない。生産コストを下げるためには設置面積を大規模にしてコントローラもなるべく機能を分散して操作を集中する構造、すなわちスプリット構造にすることが必要であった。PLCは機能構築型なので設置しただけでは動かない。いわゆる機能を割り付ける必要がある。製造業の工場で使われているPLCはユーザ自身またはエンジニアリング会社が構築して設置する。決して簡単とは言えない。
使いこなすには課題あり
PLC型のシステムが日本で活き活きと活躍するためには克服すべきいくつかの課題がある。ひとつは日本の気候風土に合う構築が出来るか?もうひとつは日本のユーザが本当に使いこなせるのか?ということである。
日本は島国なので四季を通じて気温の高低差が大きい。台風による強風も吹く。雨が多い。昼夜の気温差が大きい。暖房主体の欧州型大陸性気候ではない。寒ければ暖めればよいので制御は簡単であり、そもそも空調の基本は冷却を過度にしておいて加熱で制御する。したがって日本ではもっとも植物の生育に不適な冬が日照は別にして制御が生きる季節である。春秋の中間期では夜:保温、昼は窓開閉等で温度を制御する。光合成の適性温度を保つようにするため昼間細霧冷房する。ハウス内の空気環境制御は外乱だらけで本当に難しい。中間期には特に細やかな制御設定が必要だ。加温機を運転したまま天窓換気を行って湿度を下げるとか、温室閉め切り時には循環ファンを回してハウス内の温度バランスをとる。夏は空調機を使わぬ限りお手上げである。オープンの露地栽培同等もしくは夏休みである。昼夜気温差が大きいので最も暖房負荷が大きいのは日の出の頃である。お日様が出ればぐんぐん温度が上がることが多い。日本のハウスで空気暖房が多いのはこのためで、内部温度が上がってきたら加温機を停止する。ところがオランダのハウスではボイラで作った温湯を金属管に流し空気を暖める間接暖房である。どうしても伝熱遅れがある。金属管を作業台車のレールにする合理性は素晴らしいが、最も暖房負荷が大きい朝方にボイラが停止しても金属管の中に多量の温湯が残っている。温度制御は伝熱遅れがある分難しい。強風、降雨時には対応した窓を閉める。このように日本のハウス複合環境制御は難しい。
FAの辿った道に求むプロ
次に使いこなせるかという問題である。結論から先に言えば、使いこなせなければ明日は無いということだ。生産性を上げるには規模と合理化が必須である。過去FA(ファクトリ・オートメーション)がたどった道を追うことである。昨今は切花がスーパーの店頭で低価格で売られている。バラの切花なども価格が低迷している。消費者の意識の変化や韓国等からの輸入増加が原因である。市場価格が低迷しているからこそ設備投資して原価を下げなければならない。こうなると単独農家では無理で、それなりの企業体を形成し、パートタイマーの活用を図るという発想が出てくる。価格低迷と設備投資を矛盾と考えるなら投資は出来ず、逆転の発想が出来るところに企業家の本質がある。FAで一番手間がかかるのは最初と最後の工程であり、家電工場を見ても製造ラインは見事にオートメーションされて人影もまばらなのに、最終の検査、出荷工程には人がうじゃうじゃいる。花卉生産では機械化が進んでおり、給液や潅水の自動化=養液栽培が浸透してきた。鉢物や花壇苗生産では自動化装置が導入されてきている。ポットサーバー、ポットフィラー、プール潅水やムービング・ベンチシステムなどで、ベンチの自動洗浄などまさにFAそのものだ。
日本の農業者たちは本当にモラールの高い人たちだと思う。生物を相手にして大自然に逆らわずに一生懸命育てている。しかしだからといって月月火水木金金でいいはずが無い。自動化はこれらの人たちに休暇を与えるものでもなければならない。だが栽培のプロに制御までも理解せよというのは酷だ。センサやアクチュエータ(モータなど)の原理やメンテナンスのための基本知識は絶対に理解して欲しいが、制御構築や電気についてはその道のプロに任せたほうが良い。自動化ベンチなどのPLC〜モータ制御に至っては位置決め制御を伴うためプロでなければ無理だ。ハウスの異常電話通報器を我々も販売しているが、設置したら安心して放っておく人が多い。少なくとも定期的に動作を確認するとかヘルシー通報を定期的に発信させないと、本来の異常が起きたときに役に立たない。正しい使い方を是非理解して欲しい。
なぜ日本の制御器は高いのか
制御器のコストが高いのはヒューマン・マシン・インタフェースに大きな原因がある。易しい操作ほど金がかかるものだ。某社の複合環境制御器では大変な数のスイッチ類や表示が付いていて目が回るほどだ。日本の試験場でも現場で操作表示が出来ないものを嫌う。これはある面当然で、作業する人は園芸の専門家であって機械や制御にはそんなに強くない人が多い。かつて某社がコンピュータとブラックボックス型コントローラを先端的な試験場や農業高校に多数納入したことがあった。今その更新期を迎えて、現場の人たちはもう懲り懲りだと言う。状況を見るのにわざわざコンピュータのところまで行かなければならず、メンテナンス費用も高いからだと言う。なるほど、それは理解できる。しかしこれからを考えると生産者にとってはコストのほうがもっと大事だ。公的なお金で設備を導入する人も生産者の視点から設備を考えるべきだと思う。工場では設備保全の専門家がいる。だからDCS(Distributed Control System:分散型制御システム)もPLCも使いこなせた。今はどうか?パソコンが幅を利かせている。装置についた小さなコントローラが装置に自律性を持たせ、スタンドアロンで動いている。職人技的な計装の専門家が少なくなった。それだけコンピュータや機器、ソフトウェアが高機能になったということである。
合理的な欧州人の思想
欧州のシステムはパソコンをうまく使う。監視や設定をこれに集中させ、管理ツールとして使っている。現場はブラックボックスでしょうがないと割り切る。日本なら現場にタッチパネルディスプレイが必要だという話が出る。パソコンのソフトについてもいまだにMS-DOS上のアプリケーションソフトを売っているメーカーがある。これが日本ならWIN/3.1/95/98/NT/2000/Meという変遷に対応して常に先端のOSで動くようにしないと君達は古いと言われる。しかし考えてもみよう!なぜビル・ゲイツを喜ばせなければいけないのか?うまく制御できているかを監視するのはたいてい1画面である。OSが変わるたび対応していたのでは常に開発費を償却できずに次の開発に入ることになり、そのたびにデバッグ(虫取り)の繰り返しだ。見た目の華やかさではなく、実務的に合理的にシステムを構築し、コストのためには多少の不便を忍ぶのが欧米的発想であって、我々も見習わなければならない。
ITは農業に革命をもたらすか?
将来的には有望市場とみて異業種の施設園芸参入が相次いでいる。やる気だけでは生物は育てられない。現場で日焼けしてこそノウハウが得られるというので担当を付けて施設に張りつける。生産者が仕事の範囲を増やすには他人の力を借りる必要があり、パートタイマーを収穫のために雇用することが増えるであろう。そうなると専門コックの必要なレストラン形態ではなく、マクドナルド方式にしなければならない。新人でも作業できる簡単なプロセスが必要であり、制御はコントローラに任せ、ひとりの専門家がパソコンから設定値を入れたり、作付管理、資材管理をしたり、販売管理をする。モノを作っても販路が無ければ利益計画が立てられない。セールスマンである必要さえある。市場に出す、スーパー等への直販ルートを作る、展示直売する、産直で消費者と契約するなど様々ある。そういう意味でインターネットは消費者を身近にする。買いたい人に情報を提供する手段として有用である。販売では戸別訪問セールスするとおおかた害虫扱いである。良いものは売れるという思いこみがあるが消費者が知らなければ買ってくれない。消費者に情報を与えれば研究する人が出て、そのうちになんとなく食べたいものがどうしても食べたくなる。作付けや資材情報を得るのにも活用できる。実際インターネット上で農園のホームページはとても増えた。『栽培ねっと』などの情報ルートもできた。ITを通じて農業生産者と資材業者、消費者との距離が今後一層縮まるであろう
食品加工で更なる付加価値を
生産物を加工出荷すれば付加価値が付けられ、より経営の安定を図れるであろう。この場合にも出荷ルートを確立する必要がある。日本の消費者の特異性はその潔癖主義であり、かつてのO157騒ぎでカイワレ大根が決定的ダメージを受けたり、テレビ朝日の「ニュースステーション」で所沢のダイオキシン騒動が起きたり、天然水のカビ騒ぎや先般のY乳業における教訓のように、一度問題を起したら製造企業の足元を揺るがせかねない騒ぎに発展する。逆にクリーン設備を完備したラインを持てばそれがセールスポイントになり得る。この国民性を熟知して安全性をアピールしているところが高価ながら消費者の支持を受けている例がある。
我々の進むべき道
施設園芸分野における日本メーカーは小さな巨人である。小さいのになんでもやろうとする。いい加減相互補完すべきときに来た。黒船が来襲したのに内戦している場合ではない。お互いの得意分野を提供し合ってユーザーの支持を受ける必要がある。
大規模化も進むだろうが、平地の少ない日本で広域の土地利用が難しければ装置を利用した農業を進めるべきだ。これなら中山間地でもできる。これからの装置は自律分散型が促進されるであろう。すなわち装置そのものがインテリジェンスを持ち、通信で他の装置とネットワークされることによって、在来型の制御盤が不要となる。PLC型計装の次に来るものがこれである。設備コストはダウンする。しかしこれら装置の普及によって装置メーカーはそこそこに生き残る。ただし通信に付いては異なるメーカー同士の繋がりのために、共通のプロトコル(手順)が必要になる。これは狭い施設園芸業界のなかの標準化であってはならない。国際標準ないしデファクトスタンダードとして確立されているものを使わなければ、とても開発負担、試験負担には耐えられない。我々にはこれら装置の自律制御用の機器を提供する使命が在る。自社ブランドは不要と考えている。同業者とのオープンな協議によって装置メーカー、ひいてはエンドユーザー様のご期待に応えていきたいと考えている。
三基計装は長年発売してきた4段変温サーモの製造を中止した。メンテナンスにはもちろん対応する。需要があるのになぜそうするのかと農材店様からは不思議がられるが、いつまでも過去を引きずってはいられない。これからはやり方を変える、革新しなければ施設園芸の計装は変わらない。メーカーの勝手と言われるかもしれないが、もう20年以上供給してきた製品である。我々のわがままを許して欲しいと念願している。
さらに我々の得意とする精密温湿度制御技術を駆使して、バイオクリーンルームに止まらず、バイオクリーンベンチ、クリーンドラフトチャンバー、種や球根の低温貯蔵室、野菜・果物の低温高湿度貯蔵室、氷温貯蔵室など様々な需要に応えていく。もちろんクリーンブースやエアシャワー、パスボックスなどのクリーン機器は最も得手とするところであり、是非ご相談頂きたい。
おわりに
農業施設への公的補助は必要である。農水省の補助事業への国民の批判は、とくに行財政改革の議論とも相俟って厳しいものがある。確かに使われ方によっては一部問題あるものもあるようだ。しかし考えて頂きたい。古来農業立国であった日本は、欧米の狩猟民族とは異なる集団での助け合いの中から自己中心的でない農耕民族の気風を残してきた。経済至上主義、利己的な考え方は長い歴史の中でこの20年ほどの間に急速に醸成されたものである。尊敬されない政治家や経営者は、かつては生き残れなかった。明治維新以降、国策は工業立国へと変化し、農村部の若者は続々と集団就職の汽車に乗りマッチ箱のような団地アパートに愛の巣を構えた。その人たちが今定年を迎えつつある。農業国であったら国土の狭い日本でいつまでも日本人は貧しかったであろう。だからこそ工業で稼いだ金を投資して、安全で新鮮な食糧を生産する農業者のやる気を守り育てていくことは当然である。食糧安保の問題を持ち出すまでもなく、国土の自然を守り、我々の口に入る食べ物がこんなに大変な仕事に耐えながら生産されるものなのだということを、未来を担う子供たちに認識させる意味でも大切なことである。冒頭に述べたように私の子供時代の体験は貴重なものであった。だからこそ今でも出された食べ物は残さない。子供に対してもうるさいオヤジである。農業者に対して感謝の気持ちを忘れない、そのためにもサステイナブル(持続的)な日本農業で在り続ける政策が当然に求められる。